蓮如上人物語 〜燎原の火の如く〜
蓮如上人のご金言
『御文章』『御一代記聞書』など、蓮如上人が残されたお言葉を通して、浄土真宗の教えを深く学ぶコーナーです。
一念の信心
一念の信心定まらん輩は、
十人は十人ながら百人は百人ながら、
みな浄土に往生すべき事更に疑なし。
(御文章五帖目四通)
真実浄土に往生できる人は、どんな人かを教えられた、蓮如上人のご教示です。
「定まらん」とは「定まった」ということ。
生きている時に、一念の信心(他力の信心)決定した人だけが皆、死後、極楽往生できるのです。
十劫安心
「十劫正覚の初より、我等が往生を、弥陀如来の定めましましたまえることを忘れぬが、すなわち信心のすがたなり」といえり。これ、さらに弥陀に帰命して、他力の信心を獲たる分はなし。
(御文章二帖目十一通)
"十劫の昔にすでに我々は助かってしまっているのだから、今更求めることも聞き歩くことも要らぬ"
と言う人たちの誤りを正された蓮如上人のお言葉です。
薬のでき上がったのを、病気の治ったことと早合点した間違いで、薬ができていても、飲まねば病気は治らないのは、言うまでもありません。
ご本尊
他流には「名号よりは絵像・絵像よりは木像」というなり。
当流には「木像よりは絵像・絵像よりは名号」というなり。
(御一代記聞書)
他流(浄土真宗以外)は、
『名号よりは、絵像(絵にかいてある阿弥陀仏)がありがたいし、
絵像よりは、木像のほうがもっとありがたく拝める』
と言って、絵像や木像を本尊としている。
しかし、当流(浄土真宗)では、
『木像や絵像よりも、
御名号が最もよいのだから
真宗の者は、みんな御名号を御本尊とせよ』
と、教えられている。
称名念仏
ただ声に出して南無阿弥陀仏とばかり称うれば、 極楽に往生すべきように思いはんべり。 それは大に覚束なきことなり。(御文章三帖目四通)
ただ声に出して念仏ばかりを称うる人は、 おおようなり。 それは極楽には往生せず。(御文章三帖目三通)
"いくら念仏称えても極楽往生はできませんよ"と、 教えられた蓮如上人のお言葉です。
関連リンク
浄土真宗が分かる チュ−リップ企画
仏教マンガ月刊誌 ビーヤング
1から分かる浄土真宗
親鸞聖人わあるど
燎原の火の如く 〜蓮如上人物語〜